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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)1020号 判決 1984年4月27日

原告

古田惟志

原告

井山憲一

原告

蘆原きみゑ

原告

井山照男

右原告ら訴訟代理人

西田公一

猪野愈

更田義彦

遠藤直哉

亡井山きくえ訴訟承継人被告

今西美雄

亡井山きくえ訴訟承継人被告

今西久二

亡井山きくえ訴訟承継人被告

今西毅

亡井山きくえ訴訟承継人被告

小島隆平

亡井山きくえ訴訟承継人被告

矢島公子

亡井山きくえ訴訟承継人兼被告

佐藤良子

右被告ら訴訟代理人

白木弘夫

主文

一  原告らの主位的請求及び予備的請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  (主位的請求)

(一) 被告らは、原告らに対し、別紙物件目録第二の1及び12の土地につき、東京法務局板橋出張所昭和四八年一一月一二日受付第六五一〇七号所有権移転登記中、遺贈を原因として権利者井山きくえとあるのを、相続を原因として共有者井山きくえのために持分三分の一、同古田惟志、同井山憲一のために各持分二一分の一、同蘆原きみえ、同佐藤良子、同小島隆平、同井山照男、同矢島公子のために各持分二一分の二、同今西美雄、同今西久二、同今西毅のために各持分六三分の二とする所有権移転登記に更正登記手続をせよ。

(二) 被告らは、原告らに対し、別紙物件目録第二の2ないし11の土地につき、分割前の甲区三番に東京法務局板橋出張所昭和四八年一一月一二日受付第六五一〇七号所有権移転登記中、遺贈を原因として権利者井山きくえとあるのを、相続を原因として共有者井山きくえのために持分三分の一、同古田惟志、同井山憲一のために各持分二一分の一、同蘆原きみえ、同佐藤良子、同小島隆平、同井山照男、同矢島公子のために各持分二一分の二、同今西美雄、同今西久二、同今西毅のために各持分六三分の二とする所有権移転登記に更正登記手続をせよ。

(三) 被告佐藤良子は、原告らに対し、別紙物件目録第三の土地につき、東京法務局板橋出張所昭和四八年一一月一二日受付第六五一〇八号所有権移転登記中、遺贈を原因として権利者同被告とあるのを、相続を原因として共有者きくえのために持分三分の一、同古田惟志、同井山憲一のために各持分二一分の一、同蘆原きみえ、同佐藤良子、同小島隆平、同井山照男、同矢島公子のために各持分二一分の二、同今西美雄、同今西久二、同今西毅のために各持分六三分の二とする所有権移転登記に更正登記手続をせよ。

(四) 東京法務局所属公証人松村禎彦昭和四八年三月五日作成昭和四八年第七一八号遺言公正証書による井山平太郎の遺言が無効であることを確認する。

2  (予備的請求)

(一) 被告らは、原告らに対し、別紙物件目録第二の1及び12の土地につき、東京法務局板橋出張所昭和四八年一一月一二日受付第六五一〇七号所有権移転登記中、遺贈を原因として権利者井山きくえとあるのを、相続を原因として共有者井山きくえのために持分三分の一、同古田惟志、同井山憲一のために各持分二一分の一、同蘆原きみえ、同小島隆平、同井山照男、同矢島公子のために各持分二一分の二、同今西美雄、同今西久二、同今西毅、同山上正子、同金井信夫、同佐藤伊津子のために各持分六三分の二とする所有権移転登記に更正登記手続をせよ。

(二) 被告らは、原告らに対し、別紙物件目録第二の2ないし11の土地につき、分割前の甲区三番に東京法務局板橋出張所昭和四八年一一月一二日受付第六五一〇七号所有権移転登記中、遺贈を原因として権利者井山きくえとあるのを、相続を原因として共有者井山きくえのために持分三分の一、同古田惟志、同井山憲一のために各持分二一分の一、同蘆原きみえ、同小島隆平、同井山照男、同矢島公子のために各持分二一分の二、同今西美雄、同今西久二、同今西毅、同山上正子、同金井信夫、同佐藤伊津子のために各持分六三分の二とする所有権移転登記に更正登記手続をせよ。

(三) 被告佐藤良子は別紙物件目録第三の土地につき、東京法務局板橋出張所昭和四八年一一月一二日受付第六五一〇八号遺贈を原因として同被告のためになされた所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  (主位的請求)

(一) 本案前の答弁

本件遺言無効確認を求める原告らの訴えを却下する。

(二) 本案の答弁

原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

2  (予備的請求)

原告らの請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  (主位的請求)

1  請求原因

(一) 別紙物件目録第一記載の各土地及び同第三記載の土地(以下「本件各不動産」という。)はいずれももと訴外亡井山平太郎(以下「亡平太郎」という。)の所有にかかる不動産であつたところ、同人は昭和四八年八月二六日に死亡した。

(二) ところで、亡平太郎の推定相続人としては、井山きくえ(亡平太郎の妻。以下「きくえ」という。)、被告佐藤良子(亡平太郎ときくえの間の長女。以下「被告良子」という。)、同今西美雄(亡平太郎ときくえの間の二女今西美代子(昭和四七年一一月七日死亡)の長男。以下「被告美雄」という。)、同今西久二(右今西美代子の二男。以下「被告久二」という。)、同今西毅(右今西美代子の三男。以下「被告毅」という。)、同小島隆平(亡平太郎ときくえの間の三女亡小島満子(昭和三六年三月一七日死亡)の長男。以下「被告隆平」という。)、同矢島公子(亡平太郎ときくえの間の四女。以下「被告公子」という。)、原告井山照男(亡平太郎ときくえの間の長男。以下「原告照男」という。)、同古田惟志(亡平太郎と同人の先妻亡井山ならえの間の長男亡井山平(昭和二三年二月二五日死亡)の長女。以下「原告惟志」という。)、同井山憲一(右井山平の長男。以下「原告憲一」という。)、同蘆原きみえ(亡平太郎と右井山ならえの間の長女。以下「原告きみえ」という。)らがいた。なお、きくえは同五四年八月二五日被告として本訴に応訴中死亡したところ、その相続人としては被告良子、同美雄、同久二、同毅、同隆平、同公子、原告照男がいる。

(三) ところで、亡平太郎は、昭和四八年三月ころ、東京法務局所属公証人訴外松村禎彦に対し、公正証書による遺言の作成について嘱託をなし、同公証人同年三月五日昭和四八年第七一八号遺言公正証書(以下「本件遺言公正証書」という。)により遺言(以下「本件公正証書遺言」という。)をし、右遺言公正証書には、亡平太郎が、法定相続分のほかに別紙物件目録第三の土地を被告良子に、同目録第一の土地・建物をきくえにそれぞれ相続させる旨の記載がある。

(四) しかし、右公正証書遺言については、亡平太郎が遺言の趣旨を公証人に口授しなかつたこと及び証人二人以上の立会がされなかつたことの方式違背が存するだけでなく、以下のとおり遺言当時亡平太郎には意思能力が存在しなかつたものであるから、本件公正証書遺言は無効というべきである。

(1) (公証人に対する口授の欠缺)

亡平太郎は本件公正証書遺言の当時、脳動脈硬化症、高血圧症、脳軟化症が著しく進行し、遺言の趣旨を正確に口授し得るような状態になかつたのであるから、遺言の趣旨の口授がなされなかつたことは明白であり、本件公正証書遺言には遺言者の公証人に対する口授を欠くという方式違背が存する。

(2) (証人二人以上の立会いの欠缺)

本件遺言公正証書の作成に際しては訴外白木弘夫(以下「白木」という。)及び訴外南里トク子(以下「南里」という。)の両名が証人として署名しているが、白木は弁護士として被告良子の依頼を受け同人の代理人として昭和四七年七月一九日、亡平太郎について東京家庭裁判所に準禁治産宣告の申立をなし本件遺言公正証書作成につき証人として立ち会つた当時、現に右準禁治産宣告申立事件を追行中であつた。

このように、白木は被告良子から依頼を受け、現に同人の代理人として亡平太郎の準禁治産宣告申立事件を追行中に同人からその財産処分にかかる遺言の作成に弁護士として関与したのであるが、右は弁護士法二五条一号ないし二号に違反するから、その証人としての立会行為は法律上無効である。

一般に公正証書遺言について証人の立会いを必要としたのは、遺言者が正常な精神状態のもとで自らの意思に基づき遺言の趣旨を公証人に口授するものであることの確認をすることなどによつて遺言者の真意を確保し、遺言をめぐる後日の紛争を未然に防止しようとすることにあり、また、証人の資格については、遺言の公正を確保するため、遺言者に不当な影響を及ぼすおそれがある遺言の内容について密接な利害関係を有するものを排除している。

ところで、本件公正証書遺言は被告良子に対し、法定相続分のほかに別紙物件目録第三の土地を遺贈するという内容の記載があるところ、白木は亡平太郎の死亡の前後を通じ被告良子の代理人であり、同人との信頼関係に基づき同人のため右土地等に対する権利の取得について協議を受けている上、右白木は、現に亡平太郎について心神耗弱等を理由として準禁治産宣告を申し立てるにつき代理人として関与しながら、あえて右申立事件における精神鑑定の結果をまたずに遺言の作成を助言している。

したがつて、仮に弁護士法違背の前記主張が認められないとしても、立会人の適正について定めた公証人法三四条三項の趣旨及び公正証書遺言作成における証人制度についての前記趣旨並びに禁治産者の遺言について医師二人以上の立会いを必要とする民法九七三条一項の趣旨からすれば、白木は受遺者と同視すべき者と考えられるなど証人としての適正を欠く事実上の欠格者というべきである。

(3) (意思無能力)

亡平太郎は、遅くとも昭和四七年初めころから脳動脈硬化症、高血圧症、さらには脳軟化症が著しく進行し、激しい健忘症あるいは一日数回に及ぶ大便のたれ流しの状態であつたり、たまたま一人で外出してしまつたときは近所であるにもかかわらず自宅までの帰り道がわからなくなつてしまう程であつた。

そして、本件公正証書遺言がなされた昭和四八年三月五日当時は既に自らの行為の結果について合理的な判断をなし得ない状態にあり、亡平太郎は意思能力を喪失していたものである。

(五) しかるに、別紙物件目録第一の1ないし3の土地につき、それぞれ東京法務局板橋出張所昭和四八年一一月一二日受付第六五一〇七号をもつてきくえのために遺贈を原因とする各所有権移転登記がなされ、さらに同四九年六月一日、同目録第一の3の土地は東京都豊島区雑司ケ谷二丁目四二二番一と同目録第二の12に分筆され、同五〇年一〇月二〇日、右分筆後の四二二番一と同目録第一の2の土地は同目録第一の1の土地に合筆された上、同日これが同目録第二の1ないし11に分筆された。なお、同目録第二の2ないし11の土地については、分筆による登記簿改製の際、同目録第一の1の土地の登記事項のうち、甲区順位三付一、同付記一号の部分が転写・移記されていない。

また、同目録第三の土地につき、東京法務局板橋出張所昭和四八年一一月一二日受付第六五一〇八号をもつて被告良子のため遺贈を原因とする所有権移転登記がされている。

(六) よつて、原告らは、被告らに対し、本件公正証書遺言の無効確認を求めるとともに別紙物件目録第二及び第三記載の各不動産について有する共有持分権に基づき、同不動産について請求の趣旨記載のとおりの更正登記手続を求める。

2  被告の本案前の抗弁

本件公正証書遺言においては遺言執行者として白木が指定されているところ、かかる場合において、遺言無効確認の訴を提起するについては遺言執行者に被告適格が存在するというべきであるから、原告らの受遺者を相手とする本件遺言無効確認を求める部分については被告らに被告適格がないので不適法で却下を免れない。

3  請求原因に対する認否

(一) 請求原因(一)ないし(三)及び(五)の各事実は認める。

(二) 同(四)の(1)につき、亡平太郎は本件公正証書遺言当時、通常の会話は不自由なく明解にできたのであり、読み書きの能力も普通に存在し、同人の公証人に対する遺言の趣旨の口授は存在した。

同(四)の(2)につき、白木が被告良子との信頼関係に基づき、同人のため別紙物件目録第三の土地等に対する権利取得について協議を受けたこと、あえて亡平太郎に対する準禁治産宣告申立事件における精神鑑定の結果を待たずに遺言の作成を助言したとの点はいずれも否認する。

準禁治産者等の無能力者制度は無能力の者を保護することを目的とするものであり、本件準禁治産宣告の申立そのものは一般の争訟事件とは全く異なり、そこには利害が対立するという問題は存在せず、したがつて、白木について弁護士法二五条違反の問題が起きる余地はない。また、仮に百歩譲つて弁護士法に違反したとしても、これにより証人立会行為が直ちに無効になるわけではない。

次に、白木が受遺者と同視すべき者で公正証書遺言の際の証人としての適正を欠く事実上の欠格者であるとの点については、遺言の証人又は立会人の欠格事由についての民法九七四条は遺言の厳格な要式性から考えて制限的列挙とみるべきであるから失当である。

同(四)の(3)につき、亡平太郎の病状、程度は一切否認する。また、本件遺言公正証書作成時に亡平太郎が自らの行為の結果につき合理的な判断をなし得ない状態であつたこと、意思能力が喪失されていたとの点はいずれも否認する。

(三) 同(六)は争う。

二  (予備的請求)

1  請求原因

(一) 主位的請求原因(一)ないし(三)及び(五)に同じ。

(二) 亡平太郎死亡時において、被告良子には、前々夫訴外望月明一との間の長女訴外山上正子、前夫訴外亡金井信行との間の二女<男・編注>訴外金井信夫、夫訴外佐藤昭四との間の長女訴外佐藤伊津子がいた。

(三) 被告良子は、昭和四七年五月ころから亡平太郎に対し、「私の他にはもう面倒をみてくれる人はいない。京都の姉も『来てもらつては困る。面倒をみるのはいやだ。』と言つている。私も主人の手前このままでは面倒はみられない。池袋の土地を遺贈してもらえるなら面倒をみてもよい。遺言状を書くまで病院にも入れない。」などと申し向けて脅した上、昭和四八年三月五日亡平太郎を公証人役場へ無理やり連れて行つて同人に本件公正証書遺言をなさしめたものである。

(四) 原告らは、被告らに対し、昭和五二年一月二一日の本件口頭弁論期日において、強迫を原因として、亡平太郎の右遺言行為を取り消す旨の意思表示をした。

(五) よつて、被告良子は強迫により被相続人に遺言をさせた者として相続欠格者に該当するというべきであるところ、原告らは被告らに対し、別紙物件目録第二及び第三記載の各不動産について有する共有持分権に基づき、同不動産について請求の趣旨記載のとおりの更正登記手続ないし抹消登記手続を求める。

2  請求原因に対する認否

(一) 請求原因(一)の事実は認める。

(二) 同(三)の事実は否認する。

(三) 同(五)は争う。

第三  証拠<省略>

理由

第一(主位的請求)

一被告の本案前の抗弁について

原告らは、主位的請求の趣旨第四項において被告らに対し、本件公正証書遺言の無効確認を求めていたところ、被告らが当該確認の訴について被告適格を有するか否かにつき判断する。

遺言執行者が存在する場合、相続人は遺言執行者を被告として遺言の無効であることの確認を求める訴を提起することができるほか、一般に、遺言執行者は、遺言に関し、受遺者あるいは相続人のため、自己の名において原告あるいは被告となり得るのであるが、遺贈の目的不動産につき遺言の執行として既に受遺者あてに遺贈による所有権移転登記がされているときに、相続人が右登記の抹消登記手続を求める場合については、遺言執行者において、受遺者のため相続人の抹消登記手続請求を争い、その登記の保持につとめることは、遺言の執行に関係ないことではないが、それ自体遺言の執行とは言えないこと、また、いつたん遺言の執行として受遺者あてに登記が経由された後は、右登記についての権利義務はひとり受遺者に帰属し、遺言執行者が右登記について権利義務を有するとは解せられないことから、相続人は遺言執行者がある場合でも、直接受遺者を被告として訴を提起すべきであるところ、さらに、このような場合において原告が右抹消登記手続請求の先決問題である遺言の効力について理由中の判断に止まらず既判力ある判断を求めようとするときには右抹消登記手続請求の相手方である受遺者に対し、遺言の無効確認を訴求することができるというべきである。

しかして、本件は、相続人たる原告らが、公正証書遺言により不動産の遺贈を受け、当該遺贈の目的不動産につき遺言の執行として既に所有権移転登記を経由している受遺者を被告とし、遺言が無効であることを理由に、右移転登記の更正登記手続を求めるとともに遺言の無効それ自体の確認を求めるものであるから、前記判断に照らして適法な訴というべきである。

二本案についての判断

請求原因(一)ないし(三)及び(五)の事実については、いずれも当事者間に争いがない。

<証拠>を総合すれば次の事実が認められる。

1  昭和四七年六月中旬ころ、被告良子は、日和信用組合の支店長から、亡平太郎の手形が回つてきているがこのままでは決済が困難である旨の連絡を受けたため、早速事実関係を調査したところ、亡平太郎所有不動産について訴外小西長三郎(以下「小西」という。)を登記権利者とする抵当権設定登記等がなされていること(以下「小西事件」という。)が判明した。そこで、同被告が右小西側の人物と会つたところ態度が荒つぽかつた上、訴外大原将夫なる人物が亡平太郎の印鑑証明書や白紙委任状を数通所持している旨告げられたので、同被告の友人の夫である訴外須藤弁護士に相談したものの事件処理の依頼については断わられてしまつたため、同月二五日弁護士である白木に右事件の対策についての相談を持ちかけた。

2  白木は、先ず亡平太郎本人から直接真相を聞くことが第一と考えて、当時身の安全を考慮して京都の原告きみえ方に身を隠していた亡平太郎に会うため、昭和四七年七月八日、被告良子と共に京都に赴き、当日及び翌日亡平太郎から小西事件についての話を聞いた結果、同人から右事件の処理について一任されることになつた。また、右京都滞在中、白木と被告良子、原告きみえ及びその夫である訴外蘆原修らは、小西事件の対応策を協議したが、小西側が亡平太郎の印鑑証明書や白紙委任状を数通所持しているおそれがあり、これらを悪用された場合その都度対応するのは繁雑であることから、亡平太郎を準禁治産者とする方向でほぼ見解の一致がみられた。

3  白木は、昭和四七年七月九日東京に戻つたところ、その二、三日後、訴外蘆原修の弟である医師訴外蘆原司郎作成の甲第七七号証の二の診断書が原告きみえや被告良子を介して送付されてきたので、直前に申立書の原案を亡平太郎に見せて同人の了解を得た上、同月一九日、被告良子の代理人として(同月一五日受任)、亡平太郎が浪費者に該当するとして右診断書を添付して同人に対する準禁治産宣告の申立を東京家庭裁判所に行つた。

ところで、白木は右申立の原因として、亡平太郎の心神耗弱を主張すべきか、浪費者を主張すべきかについて検討した結果、所有財産が相当あるという問題点もあるが、当時の同人の精神的状態からみて心神耗弱より浪費者を理由とする方が申立が入れられる可能性が高いものと判断して、右のとおり、浪費者であることを申立の理由に掲げた。

4  ところが、右申立書に前記蘆原司郎作成の診断書が添付されていたことから、昭和四七年九月二二日の審問期日において家事審判官から申立理由についての釈明を受けたので、白木は、「本件申立の原因については事件本人の心身耗弱の点も考慮したが、本人についてはしつかりしたところもあるので、浪費ということで申立をしたが、いずれによつて審理されても異存はない。」との主張をした。

5  このような経過から、亡平太郎の心神耗弱の点も合わせて主張することとした白木は、昭和四七年一一月三〇日東京大学医学部精神医学教室の医師訴外斉藤陽一(以下「斉藤医師」という。)を亡平太郎の精神鑑定についての鑑定人に採用して欲しい旨裁判所に上申したところ、右斉藤医師が採用され、同年一二月一八日同人に対する鑑定人尋問が実施され、家事審判官は同四八年三月末日までに鑑定書を裁判所に提出するように命じた。

6  その後、昭和四八年一月下旬ころ、白木の法律事務所に亡平太郎から遺言の件で相談したい旨の電話連絡があつたので、右白木は同日、妻きくえと共に被告良子方に同居していた亡平太郎を訪問したところ、同人から遺言状作成についての相談を受けた。そこで、白木は、亡平太郎のところを数回訪問して遺言状の内容や作成方式を公正証書遺言作成の場合に必要とされる証人のうちの一人には訴外宇田小満恵になつてもらうこととした上、遺言書作成の日取り及び場所を、同年三月五日池袋公証人役場と決定した。なお、その後証人として立ち会つてもらう予定であつた右宇田小満恵が右三月五日は都合が悪いとのことであつたので、急きよ同人の代わりに前記南里に証人になつてもらうことになつた。

7  昭和四八年三月五日、亡平太郎、きくえ、被告良子、南里の四名は、被告良子の近所の知り合いの人が運転する車で池袋公証人役場に赴いた。そして、同役場において、南里及び白木が証人として立ち会つた上、亡平太郎の公証人に対する口授、公証人の読み聞かせ、関係者の署名押印等の所定の方式を経て本件各不動産をきくえないし被告良子に遺贈する旨の本件遺言公正証書(その謄本が甲第一二号証及び乙第三号証)が作成されたが、右公証人の読み聞かせの際、同公証人が、本来はきくえであるのにきくと読んだため、亡平太郎は即座に右誤りを指摘するという場面もあつた。

なお、被告良子は本件遺言公正証書作成中公証役場の外に出ていた。

8  ところで、亡平太郎は前記精神鑑定のため東京大学附属病院に通院していたが、ズボンの前の部分に出血のあとがみられるなど内科的に精査、治療の必要があつたので、自宅とは比較的近くにある豊島病院に検査のために入院することになつた。そして、右遺言書作成の後の昭和四八年三月六日右豊島病院から病室が空いたとの連絡があつたので同月七日亡平太郎は右豊島病院に入院した。

亡平太郎の入院後の経過は良好で、同年八月一六日、同人は、右豊島病院を軽快退院したが、その後急激に容体が悪化し、同月二六日死亡した。

このため、白木は、同五〇年九月一二日前記準禁治産宣告申立事件を取り下げた。なお、前記斉藤医師の亡平太郎についての精神鑑定書は、結局裁判所に提出されないままとなつてしまつた。

9  亡平太郎の精神的・身体的状態については、少なくとも昭和四七年一〇月から同四八年二月にかけて、脳動脈硬化症、高血圧症の状態にあり、記憶力は、最近の出来事の記銘についてはかなりの障害がみられたが記憶の内容にむらがあつて、本人が強く興味を持つている事項に関してはやや良好であること、記憶障害は過去数か年のものについては強度であるが、古い記憶は比較的保たれていること、思考の論理面ではさしたる障害はないが、記銘力障害に基づく過誤は多く見られたこと、性格については、繊細な感情の動きがやや低下し、やや短気で抑制欠如の方への若干の性格の変化が見られたが、意欲や情動面についてはさほど深刻な障害は認められないというものであつた。

以上の事実が認められ<る。>

三1(口授の有無について)

そこでまず、本件公正証書遺言の際の亡平太郎の公証人に対する遺言の趣旨の口授の有無について判断するに、右認定のとおりの亡平太郎の精神的・身体的状態と合わせて本件公正証書遺言が公証人の面前でなされたものであることに鑑みれば、前認定のとおり亡平太郎の公証人に対する遺言の趣旨の口授が存在したことが認められ、これの不存在を窺わしめる証拠は存在しない。

2(公正証書遺言における証人の欠缺について)

次に、白木の公正証書遺言作成の際の証人適格について判断する。

本件は、前認定のとおり、白木が弁護士として被告良子の委任を受けて亡平太郎に対する準禁治産宣告申立事件を追行中、亡平太郎から遺言書作成の相談を受けた上、本件公正証書遺言の際証人としてこれに立ち会つたものであるところ、弁護士法二五条一号、二号の立法の趣旨は、当該行為を許すと、弁護士がそれによつて知り得た相手方の内情その他の秘密を利用する等相手方の不利益となる結果に至る弊があるのみならず、相手方をして弁護士の職務上の信用に疑惑を抱かせるおそれがあるからであり、したがつて、そこに規定されている「事件」とは同一の紛争であり、かつ、実質的に当事者の利害が相対立するようなものをいうと解すべきである。

しかるに、本件では、準禁治産宣告の申立と遺言公正証書作成という異なる事案であるばかりでなく、遺言自体は単独行為であり、しかも代理を許さない性質のものであるから、それ自体当事者の利害が対立するような事件とはいい難いし、また前認定のとおり、亡平太郎に対する準禁治産宣告の申立は、同人の財産を保全するために同人の了解を得た上で申立てられたという経緯に照らして、白木と亡平太郎との間に実質的な利害の相反ということがないのであるから、前記のとおりの右各条項の立法趣旨からみて白木の証人立会行為等がこれらの条項に違反するとは言えないというべきである。

また、白木が民法九七四条が証人又は立会人の欠格者として定めている受遺者と同視すべき者に該当するとの点については、民法九七四条が定める証人又は立会人としての欠格者は、遺言の効力と直接かかわるものとして、その方式の要式性の充足の有無に関してと同様に画一的に判断すべきであつて制限的列挙と解すべきであるところ、白木は本件公正証書遺言についての受遺者になつていないことが明らかであるから白木は同法九七四条三号に該当せず、したがつて原告の右主張は失当である。

3(意思能力の有無について)

そこで、本件公正証書遺言当時の亡平太郎の意思能力の有無について判断するに、前認定の諸事実に鑑みると、亡平太郎は、本件公正証書遺言の当時、八〇才を超える高齢と合わせて脳動脈硬化症、高血圧症のため精神的能力が低下していたことは認められるが、意思能力を欠いていたとまでは言い得ないものであつて他に亡平太郎の意思無能力を認めるに足りる証拠はない。もつとも、<証拠>中には亡平太郎の意思能力の不存在を疑わせる記載ないし供述部分があるが、右記載ないし供述は前記乙第一号証と照し合わせるとにわかに採用し難いばかりでなく、仮にそのとおりであつたとしても、それのみではいまだ本件遺言時点において亡平太郎には意思能力がなかつたとまでは認定するに足りない。なお、<証拠>によれば、白木は亡平太郎と小西との訴訟事件の第一審における準備書面や同人に対する通知書の中で亡平太郎の判断能力の極度の衰えを主張したり、<証拠>によれば、弁護士訴外根本隆(以下「根本弁護士」という。)は右小西との訴訟事件の控訴審において亡平太郎の意思無能力を主張している事実が明らかであるが、白木の右準備書面や通知書はあくまでも小西との紛争を有利に解決するために亡平太郎の代理人としての立場で主張したものであり、また、根本弁護士の主張についても白木と同様の立場で、しかも同人の反対にもかかわらず主張したものであつて、そこにはいささか誇張が存するものと考えられる。

四よつて、原告らの主位的請求はいずれも理由がない。

第二(予備的請求)

一予備的請求原因(一)の事実については当事者間に争いがなく、<証拠>によれば同(二)の事実を認めることができる。そこで、同(三)の被告良子の亡平太郎に対する強迫の点について判断する。

本件公正証書遺言作成について、原告らの主張に副う証拠としては、亡平太郎に対し被告良子の強迫が加えられた旨の原告蘆原きみえ及び同井山照夫各本人尋問の結果中の供述並びに井山綾子の陳述を記載した前記甲第一〇一号証の一が存するが、右各供述等はほとんど被告公子からの伝聞に基づくものにすぎない上、当の被告公子自身は当法廷において、右原告らに被告良子の亡平太郎に対する強迫の話などはした覚えがないこと、さらに強迫の事実それ自体も存在したかどうかは知らない旨それぞれ証言しているのであつて、前記供述等によつて被告良子の強迫の事実を認めるに足りず、その他の証拠によつてもこれを認めるには足りない。

二よつて、その余の点について判断するまでもなく原告らの予備的請求は失当である。

第三よつて、原告らの本訴各請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(鎌田泰輝 高田健一 志田博文)

別紙物件目録<省略>

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